スキーの思い出

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おはようございます、東三河でペット葬儀をするならRinneで。毎度おなじみの浅香裕子です。

昨日はスキーとスノーモンキーの話を書きました。スキーのことを書いていたら、昔のいろんな思い出がよみがえってきたので、今日はそんな話を載せてみます。

私がスキーを始めたのは23か24歳でした。まだ細くて長い板が主流の頃で、ウェアは上下つなぎのワンピースでした。

よく行ってたのが【おんたけ(御嶽)スキー場】です。岐阜県にも【ダイナランド】とか【鷲ヶ岳】がありましたが、御嶽山は標高が高いので雪質が良かったからです。

子供たちを連れて行く時は、近場の【茶臼山】【治部坂】【あららぎ高原】などでしたが、大人だけで行く時は、やはり広いゲレンデを長く滑りたいので【白馬】まで遠出することもありました。

昔、《私をスキーに連れてって》という映画が流行り、そこからスキーブームが始まりました。

どこのスキー場も若い子たちでいっぱいでした。リフト待ちが1時間なんてざらで、ディズニーランド並みの混みようでした。で、これではいかん!と、スキー場がクワッドリフトに架け替えたり、ゴンドラを導入して一気にたくさんの人数を上まで運ぶようになったんです。

その頃は私もかなりスキーにはまっていました。毎年冬になると子供たちも連れて何回かスキーに行きました。いろんなゲレンデを滑ってみたくて、あちこちのスキー場へ出かけていましたねぇ。

段々周辺のスキー場だけに飽き足らず、《北海道スキーツアー》で【札幌国際スキー場】まで行きました。

そして国内だけでなく海外のスキー場にまで行っちゃいました。カナダに有名なスキー場があるんですが、【ウィスラー】【ブラッコム】に1週間滞在しました。

ウィスラー・ブラッコムは想像以上に広く大きなスキー場でした。ちょっとコースを間違えると、とんでもない方へ下りていってしまいます。それに、とにかく下まで滑って行く距離が長いんです。…日本だと、山頂リフトからでも降りてから下まではあっという間に滑り終えてしまうのに、カナダではひとつのリフトだけで、相当な距離があります。

なので、なるべく力を抜いて滑っていかないと、本当に途中でクタクタになってしまいますし、太腿がパンパンになって踏ん張りがきかず滑れなくなってしまいます。

その時にふと思ったのですが、こういうゲレンデでいつも滑っていれば、イヤでも楽に滑る方法を身につけるよなぁ…と。でなかったら転んでケガをしそうだし、コースをはずれてとんでもないところへ行ってしまいそうです。

日本のオリンピック選手も海外遠征に行きますが、海外のスキー場は格段に違うと思います。雪質、距離、広さ、起伏、雰囲気、すごくイイです。

ですが、もうスキーは十分楽しみましたので、昨日も書きましたが、今は《温泉》がイイで〜す。じゃあ、次は海外の温泉地へ行ってみたいなぁ。【アイスランドのブルーラグーン】や【ハンガリーのゲッレールト温泉】とか【台湾の北投温泉】へ行くことを目標にしたいと思います。…生きてるうちに行けるかな?

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